「へ、星読みの護衛?」
突然、呼び止められた。
何事かと思って足を止めたのが間違えだった。こんな遅い時間から、仕事の要請だった。
「お前、今日は非番なんだろ?どうせ飲みにいくんだったら、仕事しろよー。星読みの仕事の間、護衛につけってだけなんだから。」
「……あんた、それ誰かから言われたこと、そっくりそのまま俺にいってねえか?」
「あ、ばれたか?」
まあよろしく頼むなーと、アルファルドがミロの肩をばんばんと叩く。
どう考えても、人の仕事を押し付けられたのはわかってる。だが、この古参護衛の頼みというのは不思議といつも断りにくい。
しかたねえかとため息一つし、ミロは依頼を口で承諾する代わりに、手に持っていた酒瓶をアルファルドに向けて投げ渡してやった。
宙を舞った酒瓶を軽々とキャッチして、アルファルドはしてやったりと笑った。
「んで、俺はどこでになにすりゃいいんだ?」
その後、ミロはいわれた通り、指定の場所へと赴いた。
待っていたのは、15人程の一団だ。星読みと、護衛の任を受けたものたちである。
さすが、この大規模な隊商だ。それなりの時間をともに過ごしているはずなのに、見知らぬ顔が多かった。
隊商の野営地から少しだけはなれたところに、一団は移動した。
野営地にいては明かりが強すぎるから移動が必要とのことだったが、月明かりも、夜目の効くミロにとっては十分明るく感じた。
星読みたちが、仕事に取り掛かるために各々準備を始める。護衛たちはそんな彼らを囲むよう、分散して見張りに付いた。
作業は長時間になるらしい。気張っていても仕方がないだろうと、もともとやる気のないミロは適当なところに腰をおろした。
槍を砂に突き刺した軽い音に、一番近い人影がふりかえる。
「あ……よろしくお願いします」
若い女性の声だった。フードがつくる影のせいで、顔はよく見えない。
「おう、よろしくな、姉さん」
ミロが片手を上げて返事をすると、軽く会釈をしてから彼女は何かを手から下ろした。
なにやら大きな球体だ。よくみれば、紐か何かで手元から吊るしている。
その球体が、自ら不思議な光を放ち始める。その光に照らされて、ようやくその女性の顔が見えた。
ふんわりとした巻き毛の、かわいらしい女性だ。長い睫毛に縁取られた大きな瞳が、道具に照らされてちらちらと光った。
彼女が仕事の準備をする様子を、ミロはボーっと見ていた。
星読みについての知識が皆無なミロには、彼女がなにをしているのかさっぱりわからない。
使っているのが不思議な道具だから、もしかしたら彼女はジー二ーなのだろう。その程度が精々だった。
ふと、声をかける。
「それで、方角を見るのか?」
「え?はい、そうです」
予想外だったのか、女性は一瞬戸惑い、返事を返した。
「興味があるなら、説明しましょうか?」
興味があるのかと言われれば、無いわけではない。ミロは立ち上がり、道具を見ようと彼女の近くまで寄っていった。
立ち上がったミロの身長に女性が一瞬驚いた様子を見せたが、その反応に慣れたミロは、気がつかないふりをした。
彼女の持つ発光する球体には、なにやら複雑な模様が浮き上がっている。見る人間がみれば、それが星座や黄道をしめしていると分かっただろう。
「俺も北極星が北にあることくらいは知ってるけどな、すげえなあ、こんなにお星さんがあるのに、そっから細かく方角が分かるってのは」
空を埋め尽くす星。ここから細かく現在地や方角を読み取るなんて、ミロには到底向いていない仕事だろう。
女性は笑って、空を見上げながら答えてくれる。
「北極星がいつも北にあるのと、同じです。…あら、少し違うかな、でも、ほかの星も、決まった軌道を辿るものなんです。
だから、ちゃんとその軌道を把握してさえいれば、どの星からだって方角は読み取れるんですよ。」
「それで、その道具は?」
「この道具で、方角を読む補助ができるんです……あ、これ、魔道具ですから、触らないでくださいね?」
「了解。壊しちゃいけねえしな」
「そう簡単には壊れないと思いますけどね。それで、これは……」
ミロは、彼女の横に座りこんだ。女性は丁寧に、道具の説明をしてくれた。
その内容を、ミロは半分も理解できなかったが、可愛い女性が嬉しそうに楽しそうに、自分の仕事について話すのを見ることは、なかなかいいものだった。
ひきあげるという号令がかかった。遠くの空が、明るくなってきている。
実際はもう早朝に近い時間になっていたが、ずっと女性と話していたミロにとって、それはほんの一、二刻の間のようにも感じられた。
「やべ、俺、仕事の邪魔してたか?」
「いえ、作業はちゃんと終わりましたよ」
球体についた紐を巻き上げながら、女性が答える。
「それじゃいきましょう……きゃっ?」
立ち上がろうとした女性が足をもつれさせ、バランスを崩す。ミロは彼女の腕を咄嗟にとり、転びかけた彼女の体を引き戻した。
星読みの道具が彼女の手から離れ、ぽとりと砂に落ちた。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます」
「気をつけな、怪我するぜ」
ぽん、とミロは女性の頭に手をやった。大人の女性に対してその行動をとるのは失礼かもしれないが、困ったような顔を見たら思わず手が動いていた。
彼女は一瞬驚いたような顔をしたが、何も言わずにこくりと頷き、落ちた道具を拾い上げた。
「おいミロ、早くしろよ、帰るぞ」
呼ばれた方角を振り返れば、見知った護衛が手招きをしていた。
「おう、いまいく」
恙無く仕事を終えた一団は、野営地に帰還した。
天幕に入れば、アーリクはとっくに寝ていた。
ミロも、さっさと自分の寝具を広げ横になる。ひんやりとした寝具が心地いい。
ふと、さっきの女性の名前を聞かなかったことに気づく。
「まあ……次にあったら聞けばいいか」
それがいつになるかは、分からないが。
瞼を閉じるのと睡魔が訪れるのは、ほぼ同時だった。